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【2】初めて受け容れられた瞬間

 この知的障害者施設の関連のエピソードを、2つほどご紹介します。

 ひとつめは、比較的重い障害のある利用者さんに、初めて受け容れられた瞬間についてです。
 この施設で活動を始めたとき、一番最初は最も障害の重い利用者さんのグループに入れてもらいました。車椅子を利用する方が多く、食事やトイレの介助が必要な方がほとんどです。言葉によるコミュニケーションは、ほとんどできません。
 私はしばらくの間、どのように彼らとふれあえばよいのかわからないまま、過ごしました。手を繋いで散歩に行き、一緒に簡単な作業をし、隣でお茶を飲みました。これでいいのか、いけないのかもわからず。職員さんは「一緒にいていただければいいんじゃないですか」と、優しく見守ってくださいました。

<よく一緒に行った公園に咲いていた花>
千葉公園の蓮

 そのグループは、数人からなっていました。日によって、ふれあう利用者さんは違いました。私は一人ひとりと、「とにかく同じ時間を過ごすしかない」と思って、施設に通いました。「Sさん」は、そのグループの中でも「同じ時間を過ごす」ことが比較的多い人でした。彼は散歩のとき手を引く必要があるため、私が一緒に歩くことが多くなっていました。そして食事のときも、職員さんに教わったやり方で、簡単な介助をほぼ毎日していました。
 Sさんはときどき、独特の声をあげます。言葉にはなりませんが、心から湧き出てくるような声です。具体的に何かを表現しているわけではないかもしれません。でも、聞いている私も何か答えたくなるような声です。
 Sさんが声をあげたとき、最初は見守るだけでした。でも、そのうち彼に答えたくなってきました。そこで、私はSさんと同じような声を出したり、身体を軽くたたいたりして、「答え」てみました。散歩から帰ってきたあとの休憩時間など、しばらくそのやりとりをするようになりました。

 2週間くらい経った日でしょうか。そんなやりとりをしていたとき、Sさんは私の顔をじ~っと見つめました。斜め下から見上げるようにして。そして、私に向かって声をあげました。普段は誰に向かってということなく、独り言のように空中に向かって声をあげていたSさん。この日は、私を見て私に向かって声をあげていました。それを見た職員さんが微笑みながら言いました。
 「あ、SさんがGAMIさんを受け容れようとしてる」
 私は「え?そうなの?」と戸惑いながら、とても嬉しくなりました。確かにそれまでの様子とは違いました。彼にしてみれば、「なんだか最近よくそばにいるヤツだな」という程度の反応だったのかもしれません。でも、とにかく「私を意識してくれた」ということだと思います。
 私はこのときの職員さんの言葉を、今でもはっきり覚えています。この職員さんは、私のことを少し心配しながらも、毎日温かく見守ってくれていました。そして、この日の様子を見てSさんの変化に気づき、先ほどの言葉をかけてくださいました。職員さんも嬉しそうでした。

 前述の通り、私は既に何度かボランティアの経験はありました。障害の重い方の介助も少しだけしたことがありました。
でも、いつも単発で1日限りのおつきあいでした。ですから、この日の経験は私にとって初めてのことでした。毎日ゆっくり何度もたっぷりと、同じ時間を過ごした結果。「初めて受け容れられた瞬間」でした。

ごく普通の幸せな休日

 ふたつめのエピソードは、ごく普通の幸せな休日の出来事です。
 ボランティア休職から復職して、数年たったある日のことです。この施設には、復職した後もときどき遊びに行っていました。そしてバザーに行ったとき、「またどこか遊びに行きましょうか」という話になりました。約束の日の一週間前、電話で待ち合わせの場所と時間を決めました。
 当日は、「昼食→ボーリング→街歩き→お茶」とごく普通の休日を、みんなで楽しみました。事前に決めていたのは「ボーリング」だけで、あとはみんなで「お昼どこで食べる?」「次どうする?」と話し合いながら決めていきます。途中、小さなトラブルがあったりするのも、やっぱりごく普通の休日です。

 彼らは日常のことは自分でできますので、私が手伝うことはありません。「最近どう?」「職員さん元気?」「もち、たくさん食べた?」などと無駄話をしながら、一日を過ごしました。彼らとは一時期ほぼ毎日顔を合わせていたので、久しぶりに会っても心を許してくれます。私にとっては、充実して楽しかった頃のことを思い出しながら、彼らとのやりとりを楽しむのは、幸せな時間でした。彼らが私との時間を楽しんでくれている様子をみると、これもまた嬉しかったです。

 この頃私は既に、「ボランティア」「活動」という言葉に違和感を感じるようになっていました。そういう言葉はわざわざ必要なく、私たちは「ただ一緒に、ごく普通の幸せな休日を過ごしていただけ」でした。
 当時私は、引越をきっかけにプロ野球の千葉ロッテマリーンズのファンになっていました。この日、私は彼らに次回のお誘いをしたのですが、それは「私の野球観戦につきあってもらう」というものでした。「私が彼らが行きたいところにボランティアとして同行する」のではなく、「彼らと私が相談して一緒に行くところを決める。(私につきあってもらうこともある)」という形です。
 その後、私の活動スタイルは、「地域の友人として自然におつきあいする」という方向に向かっていきます。

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※この記事の元記事(ブログ『ボランティア雑記帳』)
 初めて受け入れられた瞬間
 ごく普通の幸せな休日
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