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第6章 伝えて広げる
 ~理解者を増やす、仲間を増やす~


【1】当事者が講師の啓発活動

 ボランティア休職の2年間の後半に入って、新しい活動として検討したもののひとつに「ガイドヘルパー」がありました。ガイドヘルパーは、障害のあるひとの外出に付き添い、社会参加を支援する介助者です。ガイドヘルパーには、全身性障害(車椅子利用者)、視覚障害、知的障害の3種類があって、基準を満たした講座を修了すると、資格が得られます。
 私はこの資格を取得しようと、養成講座を探していました。あわせて、障害についての啓発活動にも関心がありました。そんなとき、千葉県のホームページで見つけたのが、養成講座と啓発活動の両方の活動を行なっている「市民福祉活動センターBit(ビット)」という市民グループでした。私は迷わず代表の佐々木さんに電話をかけました。

 「ガイドヘルパーの養成講座のことでお伺いしたいのですが」と切り出したところ、「講座を受講するほうですか?講座を実施する方ですか?」と聞かれ、「両方です」と答えました。佐々木さんは、「今度活動の報告会があるので、それをご覧になっては?」と教えてくれました。
 それは、NPOが県に提案して委託事業として予算がついた活動の報告会でした。Bitは「当事者主体のガイドヘルパー養成研修事業」について発表していました。報告会のときに私がとったメモのキーワードをご紹介します。
・当事者自身が指導!
・これまではサービス提供者視点の研修
・福祉サービスを受ける者が研修を運営
・当事者が望んでいるヘルパーの養成
・過剰介助・甘えがない、対等な立場で研修
・講師になること自体が社会参加

 私は報告会に来て初めて、佐々木さん自身が視覚障害者であることを知りました。他の発表がレジュメを読むだけの単調なものが多かった中で、佐々木さんをはじめ、講師になった方やスタッフの皆さんが大勢出てきて、自分の言葉で語るBitの発表は、とても迫力があって素晴らしいものでした。報告会のあと、私は佐々木さんに声をかけ、「はじめまして、先日お電話した者です。素晴らしい発表でした。是非活動に参加させてください。」と言いました。これが佐々木さんとBitの皆さんとの出会いです。

<ガイドヘルパー養成講座(全身性障害)の様子>
Bit1.jpg

 以下は、Bitの団体紹介文です。
 「市民福祉活動センターBitは、福祉に熱い思いを持つ千葉市民が中心となって、福祉啓発を主な活動としている団体です。bitとは小片という意味があります。一つ一つの力は小さくても、集まれば大きな力が出る、パソコンのbitのように…。『市民が力を出し合って先駆的な福祉の活動をかろやかに行なおう』というのが私たちの思いです。福祉は特別なことではなく、誰もが自分らしく安心して暮らすための支えあいです。私たちは『より良い地域福祉をつくるためには、高齢や障害のある当事者の生の声が不可欠』と考え、福祉に関わる当事者や家族、現場で働く人たちの講演と、当事者にとって適切で快適な支援のあり方について研修を行なっています。現在、千葉市内の小・中学校に、福祉教育の企画や講師の派遣を行なっているほか、千葉県の行政サービス研修等、社会人への啓発活動にも力を入れています。」

 私が、最初に参加した活動は、小学校と中学校の福祉講座でした。小学校では、視覚障害者と車椅子利用者のガイドを中心とした内容でした。当事者の話を聞いたあと、ガイドの実習を行ないます。通常の講座では、障害のないひとがアイマスクをしたり車椅子に乗ったりして、交代でガイドを体験します。でもBitの講座では、数人の当事者が講師をしますので、「本物の」障害者のガイドを体験できます。そして、「もっとこうしてほしい」という生の声を聞きながら実習できます。さらに、普段ふれあいがなかった子どもも、障害のあるひとを身近に感じることができます。

 中学校では、高齢者がテーマでした。ケアマネージャーの方の話を聞いたあと、ロールプレイを行ないます。ロールプレイは次のような感じです。
 車椅子に乗ったおじいさんが、付き添いの娘と散歩していると、近所のひとに出会い雑談をして別れます。この登場人物3人による寸劇を、生徒が演じます。寸劇を見ていた生徒に感想を求めます。「娘はやさしく車椅子を押していてよかった」、「近所の人と仲良く話していてよかった」などの感想がでます。進行役のスタッフが、「でも、近所のひとは誰と話していましたか?」と聞くと、一瞬シーンとなります。寸劇の中では、近所のひとは付き添いの娘としか話していませんでした。それに気がつき、生徒の間からは「あ、そうかぁ」という、ざわめきが起こります。私はこのときのことを鮮明に覚えています。こういった「気づき」がとても大切で、講演を1時間聞くよりずっと効果的です。
 私はほとんど見学していただけで、ほとんど何もお手伝いできなかったのですが、この2つの講座を通じて、Bitの特色ある啓発活動にとても共感しました。

<グループディスカッションの様子>
Bit2.jpg

 Bitは、千葉県の職員を対象にした「心のバリアフリー」という障害についての理解を深める研修の運営を、長年に渡って受託しています。
 プログラムは、3つのパートに分かれています。最初は「フォーラム」で、障害のある人の話を聴くパートです。様々な障害のある当事者の生の声を聴いてもらいます。私も地域の人の視点から、少しだけお話をさせていただくことがあります。
 次は実習で、介助技術を学ぶパートです。視覚障害と車椅子の介助について、実際に身体を動かして学んでもらいました。
 最後は、まとめのパートです。「気づいたこと・学んだこと」と「今後実践したいこと」を各自が考えて、グループディスカッションをしてもらったり個人に発表してもらいます。

 実習でよく使うおもしろいプログラムをひとつご紹介します。
 冒頭いきなり司会から次のような話があります。「皆さん少し緊張ぎみではありませんか?リラックスしていただくために、おせんべを用意しました。食べながら勉強しましょう。」
 受講者の皆さんは、少しとまどった様子です。「まだ始まったばかりなのに…。」「お菓子食べながらなんて、いいのかしら…」「へぇ、随分気楽な研修だなぁ、でもなんか変…」
 おせんべが全員に行き渡ったところで、説明があります。「はい、今日のおやつはおせんべです。2人1組になってください。1人は手が使えません。もう1人は相手の方を手伝ってください。」
 受講者全員、苦笑いで「なぁんだそうか。変だと思った。」という反応。各ペアで実習が始まります。

 しばらくして受講者から感想を聞きます。「小さく割ってくれたので、食べやすかった。」「まだ口に入っているときに、次を勧められると焦った。」「おなかがすいていなかったので、本当は食べたくなかった。」
 ここで講師から質問があります。「ところで皆さん、どうやって食べたいか聞きましたか?」皆さん首を横に振ります。
 講師は、「皆さん小さく割って食べさせていましたね。でも、もしかしたらバリッと食べたかったかもしれませんよね。その前に、食べますか?と聞くべきだったかもしれません。実際、食べたくなかったという方がいらっしゃいました。まず、相手にどうしたいのかを聞くことが大切です。相手の気持ちや意志を聞くのが、介助の基本です。」
 とても簡単で時間もかからない実習ですが、介助の基本を体験から「気づく」という、とてもおもしろくて効果的な方法です。

<ガイドヘルパー養成講座(視覚障害)の様子>
Bit3.jpg

 ここで、障害についての啓発研修で陥りがちな誤解についてお話しします。
 「アイマスク歩行体験」というものがあります。福祉教育等で行われる手法のひとつです。健常者(見える人)がアイマスクをして見えない状態になり、白杖を使ったり介助を受けて歩いてみる、というものです。
 「アイマスク歩行体験」は、「見えないということを体験してみて、とても不便だということを感じて、手助けをしてあげようという気持ちになる」ということを想定して行うものだろうと思います。
 これに対して、視覚障害者の方は、「突然アイマスクをしても何も理解されない。そんなに怖いと思って毎日生活しているわけではない。かわいそうだなんて、思ってほしくない」と感じる人が多いようです。(全ての方がそう感じるわけではありません)
 確かに、この「体験」では、障害に対する「誤解」が生じてしまう可能性があります。

 また、違う目的で「アイマスク」を使う場合があります。視覚障害者の介助技術を学ぶときです。この場合の目的は、「視覚障害者を介助する方法を身につけてもらうために、視覚障害者の役割をする人が必要なので、見える人がアイマスクをして、その人を介助する練習をする」というものです。つまり、「見えないことの体験」ではなく、「見えない人の介助の練習」が目的です。
 本来は、視覚障害者の方(当事者)が介助される人になり、練習するのが一番良いでしょう。Bitの啓発活動では当事者の方が多数参加しています。受講者は、当事者から「こうしてほしい」「そうされると困る」という生の声を聞きながら、介助の技術と心構えを身につけることができます。しかし実際には、当事者の方なしに介助の練習を行うことが多いと思います。そのときに受講者は何を感じるか。
 「怖かった」「見えないって大変なんですね」「助けてあげたいと思いました」・・・
 目的は違っても、結局感じることは同じ。私はこの声を聞くたびに、「違うんだけどなぁ」と思い、「いえいえ、皆さんは今日初めて見えない状態を経験したわけです…。視覚障害者の方はこの状態に言ってみれば慣れていますので…。今日の皆さんほど怖いと感じて毎日過ごしているわけでは…。」と必死に説明していました。

 福祉教育などで感じてほしいことは、「障害のある人も自分たちと同じ」ということのはずです。にもかかわらず、「障害のある人は自分たちとは違って大変なんだ」と感じてしまう。なんとも皮肉なことです。
 いくら講義で「障害のある人と共に生きよう」と語っても、「怖い」という体験は強烈なので、どうしても「違う、大変」が心に重く残ってしまいます。
 私が前述の説明の後、「障害のある人は皆さんと違うことろもあるかも知れませんが、同じところもたくさんあるわけで…。地域で生活している人ということではなんらかわりない…。大切なことは…。」と熱弁をふるっても、心ここにあらずという感じの方が多かったです。

 一番良いのは、前述のBitのように当事者を介助しながら勉強することだと思います。それも、10分や20分建物の中を歩くだけでなく、半日くらい電車やバスに乗って出かけ、途中でレストランでお昼を食べて帰ってくる。普段の生活の様子や、楽しみにしていること、本当に大変なこと、などを話しながら。そうすれば、趣味が同じだったり、自分より得意なことがあったり。そんなふれあいを通じて、「障害のある人も自分とかわらないんだな」と感じることが、一番大切なのではないでしょうか。
 この点を少しでも感じることができたら、大きな一歩になると思います。極論すれば、福祉教育や啓発活動は、この1点に絞ってもよいのかもしれません。「階段の手前で上りか下りかを告げる」「狭いところでは腕を後ろにまわして縦1列になって通る」などのテクニックは、すぐに忘れてしまいます。それよりも、「助けてあげる人達」ではなく、「共に生きる人達」であることがわかれば、あとはコミュニケーションをとることで、どうにでもなっていくのではないかと思います。

<レストランでの食事介助の様子>
Bit4.jpg

 私はBitの活動に参加させていただき、自分のなかに新しいテーマを意識するようになりました。それが、一般の大人の人達への啓発活動です。
 障害のあるひとについて、一般のひとの理解はまだまだ不足しています。障害について知らないひとが多い。いえ、知らないというより、障害のあるひととふれあったことがないひとが多い。私もそうでした。私は、30歳代後半でボランティアをはじめるまで、障害のあるひととのふれあいは、ほとんど全くありませんでした。小学校には「特殊学級」がありましたが、一度も話したことはありませんでした。中学から大学まで、学校で障害のある学生を見かけることはありませんでした。近所や街でも、車椅子や白い杖をほとんど見かけた記憶がありません。
 最近は、小学校や中学校の「総合学習」などで、福祉講座が行なわれることも増えてきました。少しずつバリアフリーになり、障害のあるひとの社会参加も増えて、街でもときどき見かけるようになりました。ですから、まだ不十分とはいえ、今の子どもは比較的ふれあう機会がでてきています。

 問題は大人です。特に、会社員をはじめとした勤労者は、仕事中心で社会参加が少なく、つきあうひとが限られています。しかも、彼らの多くはそのことに気がついていません。
 私は、大人の、そのなかでも勤労者に対する啓発活動が、とても大切なのではないかと考えています。もちろん、これからの世の中をつくっていくのは子どもたちです。でも、その子どもたちを育てて、子どもたちに機会を与えるのは、大人です。前述のBitは、子どもたちへの活動と同時に、先生や自治体職員に対しても講座を開いています。できれば、企業などにも広げてられたらと思いました。
 いつかそんなことを、Bitの皆さんや街の皆さんと一緒にしたいと、今も思っています。理解者が増え、ボランティアが増え、地域の友人になるひとが増え、そして街のひとが障害のあるひとと自然につきあうようになったとき、「ボランティア」はいなくなるのだと思います。

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※この記事の元記事(ブログ『ボランティア雑記帳』)
 当事者が講師「(1)出会い」
 当事者が講師「(2)活動に参加」
 認め合う福祉学習のために(1)
 認め合う福祉学習のために(2)
 大人の啓発
 障害って大変なんだ!?
 Bitの研修「だれもが暮らしやすい社会とは」
 Bitの研修「今後実践したいこと」
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