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第5章 海外の施設に住み込みで活動
 ~海外だからこそ気づいたこと~


【1】ニュージーランドでの活動

 休職させていただいて、会社員生活ではあり得ないまとまった時間が手に入ったので、「普段できないことをやろう」と考えました。そして、2年間の休職期間の一部は、海外で活動することにしました。2003年にニュージーランド(6週間)、2004年にアイルランド(2週間)で活動をしたのですが、まず、ニュージーランドの知的障害者のグループホームでの活動をご紹介します。

 ※以下、グループホームで生活しているひとは "resident" と呼ばれていたので、「居住者」と記述します。

 ニュージーランドで活動したのは、2年間の休職の1年目の夏です。国内の知的障害者の施設に5ヶ月間通った後、ニュージーランドに行きました。そこで、国内の施設での経験をふまえ、福祉先進国で同様の活動を行なうことによって、多様な知識と経験を得るとともに、「ボランティアとして自分に何ができるか」を考えることを目的に活動しました。住み込みでの活動だったので、とても密度の濃い活動であったと同時に、福祉先進国の先進的な試みにもふれることができ、とても貴重な経験でした。
 場所は「T トラスト」(ニュージーランド、オークランド郊外)です。「T トラスト」の概要は次の通りです。
・1992年設立の慈善団体。
・知的障害者6名(男性5名、女性1名)が生活している。
・10000㎡の敷地に、住居・小規模農場・家畜小屋などをもつ。
・マネージャー1名+スタッフ7名が交代で支援(昼間2名、夜間1名の体制)。

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 居住者(知的障害者)は、食事・排泄・入浴はほぼ自立していますが、支援(促し、見守り、助言)が必要でした。文字の読み書きは困難でも、話し言葉による意思疎通はほぼ可能で、家庭や環境に問題があったひとが多かったです(家族や別の施設での虐待等)。障害としては、ダウン症、自閉的傾向、てんかん発作、弱視などで、自傷行為、妄想、激昂など、精神的に不安定なひともいました。
 居住者が普段行なっている主な活動としては、デイセンターでの創作活動(織物、木工等)、成人の知的障害者対象の学校への通学、仕事(学校の清掃、ガソリンスタンド等)、アクティビティ(ヨガ、乗馬、ダンス、水泳等)、教会の慈善活動などです。

 私は、居住者の活動支援、日常生活支援(入浴、歯磨き、髭剃り、部屋の片付け)、家事(掃除、洗濯、食器洗い)家畜の世話(豚・子牛・鶏への給餌、牛・馬の移動、牧場・小屋の清掃)などを行いました。また、居住者の部屋の入替えに伴う、部屋の壁のペンキ塗りも行いました。
 倉庫の一角に、ベニヤ板で仕切られた3畳程度の小部屋を与えられました。質素ですが、ベッドと暖房器具があって必要十分なものでした。居住者と同じ食事が提供されましたが、交通費は自己負担で報酬はありません。

 「T トラスト」のボランティア受入目的は、「外部者との関わりを通じて、居住者の社会生活を高めること。」でした。私はこの期待に応えるべく、心を開いて彼らと自然にふれあうことを心がけました。彼らと一緒に活動し、彼らの部屋で過ごしたり家畜の世話を協力して行なうなどして、積極的に関わるよう努めました。彼らは私に自分の活動や生活を見せてくれ、私は彼らに自分や日本のことを話しました。最初のうちは言葉が通じにくく苦労しましたが、居住者の話で聴き取れた単語を繰り返すだけでも、とにかく言葉にすることで、彼らとのコミュニケーションを取るように頑張りました。その結果、彼らは私を友人として受け入れてくれて、最終的にはお互いに刺激を与えあう関係をつくることができたと思います。
 居住者の一人のエディ(仮名)は、庭に置いてあるキャラバン(キャンピングカー)を自分の部屋として住んでいました。夕食後に私はよく彼のキャラバンに遊びに行きました。狭い室内でCDの音楽を聴きながら、個人的な話をお互いにしました。あるとき私が、「ニュージーランドには友人がいないからなあ」と話したら、エディが「僕がいるじゃないか。僕は友人じゃないのか?」と話してくれて、とても嬉しかったのをよく覚えています。一緒にキャラバンの外で満点の星を見て、南十字星を教えてもらったりもしました。

 スタッフも、私がエディをはじめとした居住者と、個人的に関わりをもつようにしていたことを評価してくれました。スタッフが宿泊するときは、深夜に紅茶を飲みながらじっくり話す時間がありました。創設者の一人が宿泊の夜、トラストの歴史、居住者一人ひとりの特徴、ニュージーランドの障害者福祉、恋愛や性の支援について、ボランティアに期待することなどについて、いろいろ教えてもらいました、私もわかる範囲で日本のことを話すようにしました。

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 日々の現場での活動と、現地の福祉関係者の話を通じて、福祉先進国ニュージーランドの現状がだんだんわかってきました。
・基本的考え方は日本と同じである(地域生活、社会参加、本人意思尊重等)。
・「グループホーム化」は、既に数年前に完了している。
・一般の人の知的障害者に対する理解はまだ浅く偏見も多く、ボランティアは思ったほど一般化していない。
・恋愛や性についての支援は、日本より一歩踏み込んでおり、先行している。
 大規模施設に隔離されていた障害者を、数名規模の小規模な家(グループホーム)に移し、コミュニティの中で生活することを目指す動きが、当時世界的に進んでおり、日本でも同様の動きが始まっていました。この点についてニュージーランドでは、大規模施設は既に全て解体済で、障害のある人は、自宅またはグループホームなどの地域で暮らしていました。全体としては、「日本と目指す方向は同じで、発展途上の段階がやや先行している。」という印象でした。

 そのなかでも「T・トラスト」は、先進的な取り組みにチャレンジしている施設でした。ニュージーランドの現状を「グループホーム化は完了したが、生活の中身はまだ画一的であり、ひとりひとりに合った対応ができていない。」との認識に立って、次のような新しい取り組みを行なっていました。
・家庭的に・・・家族のように暮らし、日常的に家族や知人を家に招待する。
・自由に・・・本人の意思を尊重し、食事やお茶は好きなときに好きな場所で。
・個別に・・・個人の興味・希望にあわせて、日々多様な活動をする機会を提供(毎日同じデイセンターではなく、色々なところに行って色々なことをする)。
 毎日彼らと一緒に生活することにより、この特色ある試みの効果を体感することができました。

 一定期間、異文化圏において単独で生活したことは、私にとって貴重な経験でした。日用品の買物、公共交通機関、車の運転、食事、床屋など、生活の全てが刺激になりました。日本とは違う発想にふれることも多く、人々との会話は新鮮で楽しかったです。毎日スタッフの様子を見ていて、指導方法が「過度に直接的」と感じることがありました。しかし、これは手法の違いではなく、文化・言語の違いによるものかもしれないと思いました。スタッフと意見交換したのですが、結論は出ませんでした。このことも含めて、異文化での6週間は、とても興味深く刺激的でした。

 英語力については、「言葉はコミュニケーション手段のひとつに過ぎない」と考えて、自信をもって心を開いて活動することを心がけました。その結果、言葉と文化の違いを超えて、居住者やスタッフとの信頼関係を築くことができたと思います。また、不十分ながらも意思疎通はでき、英語で生活できる自信を得たのは、私にとって大きな成果だと思います。
 しかし、居住者の言葉の能力は想定していたより高かったため、言葉は最も有効なコミュニケーション手段であることも事実でした。英語力が高ければ、彼らのことをより深く理解でき、より深く関われたかもしれません。

 6週間も一緒に暮らしていると、やはり別れは辛くなりました。最終日には、居住者の何人かが競うようにお別れのスピーチをしてくれました。
 ある人は「I miss you(寂しい)」を繰り返し、普段ほとんど話さないひとも「No volunteer tomorrow(明日はボランティアがいないのか)」と何度もつぶやいていました。「So that it reminds you of us(これを見て僕らを思い出すように)」と絵葉書をくれた人もいました。私も居住者とスタッフ一人ひとりに挨拶しました。

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 今回は、視察や留学のような「知識を得ること」ではなく、障害のあるひとと同じ時間を過ごし、彼らの感じていることを共有するような、「現場で感じる」ことを目標に取り組みました。毎日寝食をともにする活動は密度が濃く、居住者の様々な側面を見ることができました。福祉先進国の状況も体感することができ、先進的な試みにもふれることもできました。
 「T トラスト」は素晴らしいところでした。スタッフは居住者ひとりひとりを尊重し、彼らの社会生活の質を高めることに、最大限の努力をしていました。ボランティアには労働力を期待せず、居住者とかかわることを求めていました。これらは直前の活動だった国内の知的障害者施設と基本的に同じスタンスでした。恵まれた環境の中で、私は国内の施設のときと同じように、彼らと自然にふれあうよう心がけ、そんな私を居住者もスタッフも受け入れてくれました。

 私は「ボランティアとして自分に何ができるか」を考えることを目的に、ニュージーランドでの活動に取り組みました。直後は「どう消化したらよいのかわからない」という状態でした。後から振り返って考えると、このとき私は国内の知的障害者施設で気づいたことが間違っていないことを確信したのだと思います。「特別なことをする必要はない。近所のおじさんとして自然につきあえばよい。それが自分にできることで、また期待されていることでもある。」
 遠く離れた異国でも、それまで考えたことが通用しました。そして、言葉も文化も民族も価値観も違うコミュニティで、彼らは私を「違うけれども同じひと」として受け入れてくれました。居住者のひとりは、私のことを「言葉もよくわからず、現地のことをよく知らない、助けてやらなければいけないヤツ」と認識して、いろいろと気を遣い、指示し、教育してくれました。現地で最も異質だったのは間違いなく私であり、知的障害のある彼らではありませんでした。

 国内の施設での活動のあと、「障害のあるひとも、周りの人と共通点と相違点がある「ひとりの人」であることに、自分となんら変わりない」と考えるようになりました。しかし、「障害のあるひとも自分となんらかわらない」のではなく、「ひとは互いに共通点と相違点がある。それだけ。」なのだ、ということがニュージーランドでの経験を通じてわかりました。そういう意味では、自分の考えに自信をもったと同時に、もう一歩深く理解が進んだように思います。

 当初は、せっかくまとまった時間が手に入ったのだから、「普段できないことをやろう」と考えて海外での活動を計画しました。しかし、結果的には海外に行ったからこそ、このことに気づくことができたのだと思います。これも、「T トラスト」という素晴らしい環境との出会いのおかげだと思います。今でも本当に感謝しています。

 このブログの元になっている別のブログ『ボランティア雑記帳』には、当時現地で毎日書いていた日記を『羊の国でボランティア』という14回のシリーズ記事で紹介しています。A6版の小さいノートに、日々の感想を綴ったもので、当時瞬間冷凍した言葉を、解凍して公開しています。不安、驚き、喜び、悲しみ、様々な感情が表現されているので、少し恥ずかしいのですが、ニュージーランドのでの活動に興味をもってくださった方は、読んでみていただけると嬉しいです。下記の青地のリンクからどうぞ。

 『ボランティア雑記帳』のテーマ「海外ボランティア」

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