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2015.05.31 友人の後任
【5】友人の後任

 ボランティア休職から復職して約5年間、荒木さん・木村さん・大山さんとの「地域の友人として」のおつきあいが続きました。しかしその後、私は家族の関係で千葉から静岡に転居することになりました。そのため、彼らと「ときどき一緒に出掛ける関係」を維持するのは難しくなりました。
 私がいなくなった後、代わりに彼らとおつきあいをする人は、決まったケースとそうでないケースに分かれました。この転居で一番いろいろ考えたのは、この「友人の後任」についてです。私の活動の本質に関わることだからです。

 私は障害のある人との「地域の友人としての関係」を大切にしてきました。障害のある人を「自分とは違う特別な人」として支援するのではなく、「自分と同じただの人」として一緒に地域で暮らすのが、本来の姿だと考えているからです。しかし、彼らに家族や支援者はいても、友人は少ないのが現状です。ですから私は「支援者」ではなく「友人」にこだわってきました。

 転居するにあたり、私は「後任」を考えたくありませんでした。施設の職員やヘルパーが異動や退職する場合は、必ず「後任」が紹介されますが、友人が転居する際に「後任」などいないからです。
 あなたの友人が遠方に転居すると聞いたとき、あなたはその友人に次のように尋ねるでしょうか?
「寂しいなあ。で、後任は?」
「代わりはどんな人?」
「いつ引き継ぎしてくれるの?」
「いないの?困るよ。これから私はどうしたらいいの?」
「同じようにつきあってくれる人を用意してくださいね。」

 施設の職員やヘルパーなどの支援者でしたら、上記のような会話はごく普通に行われるでしょう。しかし、友人は支援者ではありません。友人は縁があって出会い、お互いに求めあって自然と関係ができるものです。友人は自分でつくるもの、あるいは自然にできるものです。
「私の後任はこの人です。じゃ、後はよろしく。」
「はじめまして、よろしくお願いします。」
・・・というものではありません。
 私がこれをやってしまったら、自己否定することになります。ですから、私は「後任」を考えるつもりは全くありませんでした。

CF4.jpg

 しかし「転居します」と発表したあとの、周囲の反応は少し違っていました。コミュニティフレンド(以下「CF」)の事務局は、すぐに私に尋ねました。
「代わりはどうしましょうか?」
「○○さんはどうかと思っているんですけど」
 私は少し驚いて言いました。
「私は友人なので後任を考えるのは違和感があります」
 事務局は私の思いを尊重してくださり、直ちに「後任」を探すのは控えてくださいました。

 パートナーの荒木さんご本人の反応は、どうだったのでしょうか。ますは私の転居を残念に思ってくれました。次に私がいなくなったあとも、同じようにつきあってくれる人がいたらいいな、と思ったようです。そして「できればこんな人がいい」と希望も言いました。私は「そりゃそうだよな」と思いつつも少し複雑な気分でした。
 荒木さんにしてみれば、友人はたくさんほしいわけです。でもそのような機会に恵まれてこなかった。「自分でつくる」「自然にできる」と言われても、どうすればいいのかわからないし、これまでもほとんでできなかった。ですから、「今までと同じように一緒に出掛ける人がほしい。誰か連れてきて!」と思うのは無理のないことです。

 一方でCFは「仕組み」です。自然と友人ができる社会になってほしい。でも現実は違う。だから仕組みが必要。CFという仕組みによって、障害のある人との友人関係を広げていこう。
 ですから、きっかけづくりやその後のサポートがあるのです。普通の友人とは、やや違うところがあるのは事実です。私も荒木さんとは「マッチング」で出会ったわけです。

 以上の観点から、CFの荒木さんについては、「後任」にあたる人を検討することは、ある意味では自然なことなのだろうと思います。私の思いは思いとして、荒木さんの視点やCFの仕組みを考えると、私の気持ちばかり押し通してはいけないな、と思うようになりました。
 ということで、荒木さんとのお出かけ最終回のとき、荒木さんの「後任」についての希望を改めて尋ね、それを後日CF事務局に伝えました。

そしてその後、事務局が荒木さんと直接会って話を聞き、しばらく経った後に「後任」を紹介してCFの活動が継続していきました。
 私はそれを遠くから見守りました。

 私はお出かけ最終回のあと、荒木さんに写真を送りました。数日後、封書で返事が届きました。
「楽しいたのしい思いでです。だいじにだいじにします。」
・・・私はこの気持ちだけで満足です。

 もちろん、私と荒木さんは縁を切ったわけではありません。転居後も年賀状を出したり、千葉のお祭りのときに「久しぶり~」と言って再会したりしていました。普通の友人が遠方に転居したときと同じように。

木村5

 さて、ここまでCFの荒木さんとの関係を書きました。写真仲間の木村さんの「後任」はどうだったのでしょうか。
 木村さんについても、私は同様に考えていました。
・私は木村さんと写真仲間だった。
・私は転居することになった。寂しいけど仕方ない。
・元気でね。年賀状出すよ。たまにでも会えたらいいね。
・じゃあね。以上。
・・・だと思っていました。

 しかし木村さんの反応を見て、考えが変わりました。木村さんは「友人としての私」との別れを残念に思ってくれました。「一緒に撮った写真を見ると悲しくなる」と言ってくれました。同時に彼は「介助者としての私」を失うことにショックを受けていました。「もう写真を撮りに行けなくなる」と。

 木村さんは一人では写真を撮りに行けません。介助者が必要なのです。コミユニケーション、移動、トイレ、食事、そしてカメラと周辺機器のセッティングなど。ボランティアを募集しても、ほとんど応募はないそうです。私がいなくなると、趣味の写真撮影ができなくなってしまいます。木村さんは、友人と趣味の2つを同時に失うことに、とてもショックを受けていました。
 そこで私は、ボランティアを探すことを約束しました。見つかるかどうかはわからないけれど、できる限りのことはしようと思いました。ブログや知人を頼って募集しましたが、なかなか見つかりせんでした。そして諦めかけた頃、ある方から連絡をいただきました。何度かやりとりをして、その方にボランティアを引き受けていただけました。

 私は、木村さんの件で、改めて自分の役割を認識しました。友人であると同時に、木村さんの介助者でもあったのだと。私は「友人として」一緒に写真撮影を楽しんでいましたので、介助者であることを半ば忘れていました。「介助者であることを忘れること」はある意味では理想なのかもしれません。地域の人が障害のある人と地域で一緒に暮らしていて、「介助や支援」を意識せずに自然と必要なサポートをしている。そんな社会が本来の姿だと思います。
 しかし現実には、木村さんの周囲にはそのような地域の人はあまりいません。私は木村さんにとっては、自己実現のために必要な介助者でもあったのです。

 ということで私は「介助者の後任」を探し、とてもよいボラさんに巡りあいました。私は「友人の後任」は探しませんでしたし、今も「友人の後任」はいません。新ボラさんは、まずは主に介助者として木村さんと外出することになるでしょう。そのうち介助者であると同時に、友人になっていくかもしれません。かつての私も最初は介助者でしたので。でも、新ボラさんはそうならないかもしれません。それはお二人しだいですし、私は遠くから見守るのみです。

大山4

 さて、もうひとりの「地域の友人」野球観戦仲間である大山さんの場合です。大山さんについては「後任」は探しませんでした。
 大山さんは、私が休職中に通っていた施設の利用者でした。私たちはそこで知り合い、その後なんとなく誘い誘われして、一緒に野球を観に行くようになりました。荒木さんのように、「仕組み」で知り合ったわけではありません。大山さんは日常生活では特に介助は必要なく、知っているところなら横浜まででも一人で出掛けてしまいます。木村さんのように、「介助者の後任」は必要ありません。ですから、私の「後任」は必要ないのです。ですから、私は大山さんの「友人の後任」を探しませんでした。

 では、大山さんはそれでいいのかというと、どうでしょうか。彼と一緒に野球観戦に行く友人は、他にはいません。年間何十回もの観戦のほとんどは一人です。年に数回一緒に行っていた私がいいなくなると、一人観戦のみになってしまいます。
 もちろん、同じ施設に通う仲間はいますし、グループホーム(ケアホーム)で暮らしているので、毎日が寂しいということはないと思います。

しかし、最大の関心事である野球観戦を、一緒に楽しむ人がいるのといないのでは、大きな違いではないでしょうか。(ちょっと自分の存在価値を過大評価しているかもしれませんけど)

 でも、やはり私が「後任」を探すのには違和感がありました。それは、大山さんと私の「知り合い方」なのだと思います。自然に知り合って、なんとなく誘いあって同じ時間を過ごすようになった。彼が最も「友人らしい知り合い方」だったのかもしれません。

 彼と観戦している間の話題は、野球の話と普段の生活の話が半々です。普段の話のほとんどは、施設とケアホームの職員さんと利用者さんの話。私もそのほとんどの人を知っているので、彼も話しやすいし私も聞いていて楽しい。むしろ私は、大山さんに職員さんや利用者さんの近況を質問して、いろいろ教えてもらっていました。このあたりも、彼が最も「友人らしい関係」だったように思います。
 このブログの愛読者の方から、「大山さんの記事が一番好きです」と言われたことがあります。きっとこの「友人らしさ」を感じて、そうおっしゃったのではないかと思います。

 3人それぞれの「友人の後任」について書かせていただきました。私は転居に伴う「別れ」を通じて、自分の思いを再認識しました。地域に知人・友人として彼らと関わる人が増えてほしい。そうすれば、私が自分のことを過大評価することもありません。
「引っ越すんだ。寂しいな。元気でね。たまに会えるといいね。連絡ちょうだい。じゃあね。」
・・・それだけ。普通の友人と同じように。そして、彼らは別の友人と今までと同様に普通に暮らす。そんな社会になってほしい。改めてそう考えました。

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※この記事の元記事(ブログ『ボランティア雑記帳』)
 友人の後任(上)
 友人の後任(中)
 友人の後任(下)
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