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【4】大山さんと野球観戦

 復職後の「地域の友人として」の活動のふたつめは、「大山さんと野球観戦」です。
 大山さん(仮名です)とは、休職中に通っていた施設で知り合いました。仲よくなるうちに、休日に一緒に出掛けるようになりました。ボーリングに行ったり、地域のお祭りや大学の学園祭、カラオケに行ったりもしました。仲間数人とグループで出掛けることもあれば、大山さんと2人のときもありました。
 大山さんは昔からプロ野球好きで、よく観に行っていました。私は、休職中はプロ野球にあまり関心がなかったので、「大山さんはそんなにプロ野球観に行って、よく飽きないねぇ」なとど言っていました。しかし復職後、引越をきっかけに千葉ロッテマリーンズのファンになり、それから大山さんと一緒に同じ野球ファンとして観戦に行くようになりました。私と同レベルの野球好きの大山さんは、私にとって貴重な仲間でした。でも、大山さんはマリーンズファンではなく、日ハムと横浜ファンだったりします。

 野球場で観戦している間は、毎日のできごとなどについて、おしゃべりしながら過ごします。大山さんの通っている施設の様子は私もよく知っているので、話がはずみます。
 職員さんの異動の季節には、「新しくこんな人が来た」「あの人はこっちの担当になった」という話を聞いたり、ケアホームや仲間と出掛けた時の様子を教えてもらったりします。
 時には、大山さんの口からビックリニュースが飛び出すこともありました。
大山:「それでTさんが、女性職員の・・・」
私 :「えっ?Tさんって男性じゃない。」
大山:「違いますよ。女性ですよ。Tさんと結婚して名前が変わったんですよ。」
私 :「なっ、なに?! だっ、だれ?!」
大山:「Bさんですよ。」
私 :「えっ?! BさんがTさんと結婚した?!」
大山:「はい。」
私 :「そんな重要な情報は早く言いなさい! いったい、いつ?」
大山:「さあ。ははは。」

大山1

 野球が始まっても、雑談しながらのんびり観戦します。もちろん野球の話もします。大山さんは、最終回の村田(横浜)のホームランを予言したり、リリーフの江尻(日ハム)の登板を当てたりします。
 大山さんは観戦記録をノートに書いています。以前一緒に観戦したときのスコアや投手も書いてあるので、「あのときはどうだったっけ?」「あ~そうだったね。それでその後さぁ・・・」と、思い出しながら話すのは楽しいものです。

 何度も一緒に行っていると、ハプニングも起きます。ある日、試合が終了して「さあ帰ろう」と球場の外に出ると、雨がポツポツと降り始めました。この日の予報は「夕方からにわか雨か雷雨」でした。雷は試合途中から鳴っていたので、いよいよ来たかという感じです。二人とも傘は持ってきたのですが、みるみるうちに雨足は激しくなります。いつもは駅まで歩くのですが、「バスに乗ろう」と列に並びました。ところがこれから、とんでもないことに・・・。
 雨はドシャブリになり、風は突風状態、足元はあっという間に池に。雷は間近かでビカビカドカン。傘をさしているのに頭のてっぺんからビショ濡れです。服を着たまま、頭からシャワーを浴びた状態になってしまいました。この間、わずか5分間。あとで知ったのですが、竜巻警報が出ていたらしいです。

 やっとバスに乗ったものの、ぬれ鼠の二人は寒くてしかたありません。駅に着いたら「温かいコーヒー飲もう」とコンビニへ。ところがこのコンビニが、冷房ギンギンで南極の寒さ。外に脱出して飲んだ缶コーヒーは美味しかったです。気がつくと、既に雨は止んでいました。完全に判断を誤りました。
 とにかくこのまま電車で帰ったら、大山さんは間違いなく風邪をひくので、一度私の家まで行って着替えることにしました。乾いた服に着替えたものの、下着や靴までは貸せないので、結局車で自宅まで送って行きました。

 ということで、とんでもない嵐の夜になってしまいました。でも、なんとなく私たち二人は、悲しくも腹立たしくもありませんでした。「すごいことになっちゃったねえ」「忘れられない1日だねえ」などと言いながら、ヘラヘラと笑っていました。まあ、笑うしかない状態だったのかもしれません。
 数日後に届いた大山さんからのハガキを読む限りでは、風邪はひかずに済んだようです。私もなんとか大丈夫でした。ひどい目にあったのに、なんだか妙なうれしさが残る、不思議な嵐の夜でした。

大山2

 野球が中止になって、別企画に切り替えた時もあります。そんなときはコミュニティフレンドのときと同様に相談です。
 大山さんは、野球の次に好きなカラオケを提案。カラオケは苦手な私は断固拒否。私たちは友人ですので、大山さんに無理に合わせたりしません。私がボーリングを逆提案。大山さんもOK。
大山:「ボーリングのお金は誰が払うんですか?」
私 :「大山さんの分は大山さん、僕の分は僕。それでいい?」
大山:「いいですよ」
 こんな感じです。

 お互いによく野球場に行っているので、偶然会うこともありました。
 その日、私は家族で観戦に行きました。ところが現地についてみると大変な混雑(のちに満員御礼の発表がありました)。なかなか席が見つかりません。
 困っていると聞き覚えのある声が・・・。「席空いてますよ!」振り返ると大山さんがニッコリしています。私たちを見かけて、わざわざ席を立って追いかけてきてくれたのです。「助かったよ~。」とお言葉に甘えて、大山さんの隣の席に座らせてもらいました。
 「いやあ、偶然だねえ。」と言ったものの、よく考えるとここはいつも大山さんが好んで座るエリアです。このあたりの通路をウロウロしていれば、大山さんと会うのは偶然ではないかも。でも、お互いに毎試合来ているわけではありませんから、やはり偶然です。
 街で偶然知り合いに会うというのは嬉しいものです。以前は、住んでいる回りに知り合いなどいませんでした。それが、地域で活動を始めてから、「バッタリ会う」ことが増えました。

 野球以外のおつきあいも増えていきました。大山さんは、ご家族と同居していたのですが、その後ケアホームで暮らすことになりました。
 大山さんが通っている施設のイベントに遊びに行った後、こんな会話になりました。
私 :「これからどうするの?」
大山:「ケアホームに帰りますよ」
私 :「じゃあ、ちょっと寄ってもいい?」
大山:「いいすよ」

 初めて訪問してみると、新築かと思うほどきれいな一軒家です。中もきれいにリフォームされていて、清潔&快適。居間には大型TVもあり、日当たりも良好。大山さんは、お茶を出してくれ、カメラモニター付きのインターホンを嬉しそうに説明してくれました。自室も見せてくれましたが、自分用のTV・机・タンスを置いても十分広く、快適そうでした。ここでも大山さんは、部屋のエアコンの操作方法を、嬉しそうに教えてくれました。大山さんはかなり気に入っている様子で、休日も一応実家に顔を見せるものの、基本的にはここで過ごしているようでした。

大山3

 大山さんとハガキで文通していた時期もありました。ケアホームに引っ越してからしばらくすると、私の自宅に大山さんから初めてのハガキが届きました。
「お元気ですか。・・・こないだ、こんなことがありました。・・・こんど、○○○(ケアホーム)に遊びに来て下さい。」
 私は、返事を書きました。それから、7ヶ月で18枚のハガキをもらいました。私もその都度返事を書き、旅先から絵葉書を送ったりもしました。たまに、こちらからの返事を待ちきれず、次のハガキが届くこともあり、「すまんすまん」と慌てて返事を書くこともありました。
 大山さんは、施設の職員さんやボランティアさんと交換ノートのようなことをしています。私も施設に通っていたときは、よく書かせていただきました。ハガキの文通は交換ノートの遠隔版かな、と思いました。一緒に出掛けたり、同じ趣味を共有したり、ふらっと「どうしてる?」と寄ってみたり。そういったごく普通の日常のおつきあいが、彼らにとっても私たち地域のひとにとっても、大切であり必要であり嬉しいことなのではないか。そんな風に思いました。

 「大山さんと野球観戦」は以上です。
 このブログの元になっている別のブログ『ボランティア雑記帳』には、「木村さんと写真撮影」の活動と、後述の「大山さんと野球観戦」を合わせて、「地域の友人として」というテーマでまとめてあります。知人からは「『大山さんと野球観戦』が読んでいて一番楽しい」とよく言われます。よろしかったらご一読いただけると幸いです。下記の青字のリンクからどうぞ。

『ボランティア雑記帳』のテーマ「地域の友人として」

 第4章では、ボランティア休職の2年目から「自分の活動スタイル」を発見して、軸足を移していった「地域の友人として」の活動をご紹介しました。支援者でも家族でもない「近所のおじさん」として、障害のあるひとと自分の双方に意味がある人間関係をつくる。「ボランティアとして助ける」のではなく「街の友人としてつきあう」。それが今の私の活動スタイルです。

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