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【2】コミュニティフレンド

 「街の友人として」の活動のふたつめは、『コミュニティフレンド』です。コミュニティフレンド(以下「CF」)は、主に知的障害者の方と、地域の友人としておつきあいする活動です。「コミュニティフレンドになってみませんか?」というリーフレットには、次のように書いてあります。

 「コミュニティフレンドとは、地域で障害のあるご本人と定期に会い、社会参加・余暇等行動をともにしたり、暮らしのことをご本人と一緒に考えたりする『街の中の友だち』として関わってくれる人のことです。コミュニティフレンドになるには資格はいりません。障害のあるご本人と一緒に向き合って、気長にそしてご本人の視点に立ってお付き合いをしてくれる方なら大丈夫です。また、障害のある方と上手くお付き合いができるかどうか不安・・・という方もきちんとサポートしますので安心してください。」

 きっかけは、知り合いの市民グループの方からいただいたメールでした。「地域のひとが障害のあるひとを支える」という趣旨の講習会があるらしいので、参加しては?・・・というものでした。その講習会に参加して、「障害のある人を地域の人も含んだチームで支援する」という考え方に、とても共感しました。そして翌年、CFの活動が始まることになり、私は初代CF7人のうちの一人としてとして参加しました。
 パートナーの荒木さん(仮名です)は、私より少し年下の男性。どちらかというと、穏やかでのんびりしたひとです。まず顔合わせをして、その後は月1回のペースで会いました。後に私は転居することになり、CFの活動から離れてしまうのですが、それまでの3年間、数十回に渡って荒木さんと一緒にあちこちに出掛けました。

 顔合わせはお見合いのような感じでした。ご家族や仲介役の方と一緒に少し話をしてから、荒木さんが通っている施設を見せてもらいました。2回目以降は、まず荒木さんが住んでいる家(グループホーム)や自宅に行って、部屋でしばらく雑談します。その後、「さて、今日これからどうする?」と言うと、「○○○○」と行きたい所(やりたいこと)を教えてくれます。私もそれでよければ、「いいねぇ、よし行こうか」ということになり、出掛けます。
出かけてからは、「次どうする?」「え?それはちょっと・・・」「じゃあこうしよう」などと、相談しながら休日を過ごします。
 そして、夕方に帰ってきて「じゃあ、また来月」ということでお別れです。つまり、普通の友人と基本的に同じです。

 最初はボーリング等の無難な定番の過ごし方でしたが、しだいにお互いのやりたいことを提案し合って、本当にさまざまなところへ行きました。始めのうちは、私が話したり質問したりすることが多かったのですが、そのうち荒木さんもよく話すようになり、後半はむしろ荒木さんが話題提供してくれることの方が多くなりました。一度、ご家族の方に「私と会うようになってから何か様子は変わりましたか?」と聞いたところ、「随分おしゃべりになったなぁ、と思います」とおっしゃっていました。気をつけていたのは、荒木さんに合わせるだけでなく、私の気持ちもきちんと伝えることです。荒木さんのやりたいことをするだけでなく、私の買い物につきあってもらったり、私の好きなことの話を聞いてもらうようにしていました。私は支援者ではなく友人なのですから。

CF1.jpg

 さて、実際の活動をご紹介します。最初は初期の様子です。
 ある日、荒木さんに「今度、野球を観にいかない?」と誘ってみたところ、「いいよ」と言ってくれました。私は千葉ロッテマリーンズのファンなので、いつか野球観戦につきあってもらおうと以前から企んでいました。
 了解してくれたものの、荒木さんが野球を楽しめるかどうか不安でした。荒木さんは、野球をTVではたまに観るそうですが、特に好きなわけではなく、球場に行ったこともないそうです。「つまらない」と言われたら、それはそれで率直な気持ちを表現してくれたのだと、喜ぶことにしよう、と思って出掛けました。

 午後1時試合開始なので、12時前に球場に着きました。球場の周りのイベントや、「マリーンズミュージアム」を観ているうちに、試合開始になりました。しばらくは、「応援がすごいね」「ボールが入っちゃった(ファウルのこと)」と言いながら、初めての野球観戦を楽しんでる様子でした。私は自分のペースでマリーンズを応援しながら、荒木さんが飽きないように、持ってきたお菓子を食べたり、飲み物を買いに行ったりして、気分転換するようにしました。

 7回の「ジェット風船飛ばし」も終わり、試合は2-2の同点のまま延長戦へ突入しました。時間は午後4時で、試合開始から3時間が経っていました。私はもちろん試合終了まで観たいわけですが、荒木さんは夕食の時間が気になるようでした。
 私は、1回終わるごとに自分の意思を伝えた上で、荒木さんの希望を聞くことにしました。9回終了時、「僕はまだ観たいけど、荒木さんはどう?」→「・・・いいよ」。10回が終わってもまだ同点です。10回終了時、「僕はまだ観たいけど、荒木さんはどう?」→「・・・帰りますか」。ということで、10回終了時点(4時20分)で帰ることにしました。荒木さんは、ちょうど夕食の時間(6時)の少し前に帰宅できたと思います。

 この日は、他にも何度か私の提案を断ることがありました。「(展示してあった)白バイに乗って写真撮ろうよ」→「・・・いい」。「荒木さんもユニフォームシャツ着てみる?もう1着もってるんだけど」→「・・・僕はいい」。前回までは、私の提案を断ることは、ほとんどありませんでした。自分の気持ちを、より率直に伝えてくれるようになったような気がしました。また少し身近に感じてくれたのかな、とうれしく思いました。

 野球についても、帰り道に少し聞いてみました。「野球どうだった?」→「応援がすごかった」。「また行ってみたい?それとも、もう行かない?」→「また行きたい」。それなりに楽しんでくれたようです。私は、「僕の好きな野球を楽しんでくれてうれしいよ」と正直な気持ちを伝えました。

 ところで試合の方は、私たちが帰った後の12回裏、マリーンズがサヨナラ勝ち!!「勝ってうれしい!」と同時に「観たかった!」。サヨナラ勝ちを応援席で楽しんだファンがうらやましい。でも、帰り道の荒木さんは早足で、明らかに早く帰りたそうでした。10回を観たのは荒木さんが譲ってくれて、11回を観なかったのは私が譲ったわけなので、これでよかったと思うのですが・・・。

CF2.jpg

 続いてもう一日分ご紹介します。
 その日は春ということで、「花がきれいな所へ行こう」ということになっていました。他に目的地の候補があったのですが、当日荒木さんから提案がありました。
荒:「チューリップまつり」
私:「えっ?どこの?」
荒:「佐倉」
私:「もしかして風車があるところ?」
荒:「そう、橋を渡るとこ」
私:「あ~、行ったことある。だいぶ前だけど。荒木さんは?」
荒:「去年行った。きれいだった。」
私:「今日やってるの?」
荒:「水曜から、明日まで。」
私:「いいじゃん、春らしくて。行き方わかる?」
荒:「JR佐倉駅。無料送迎バス。」
私:「おおう、調べてあるじゃん。行こう。決まり。」

 ということで、荒木さんの提案を即採用。電車とバスで現地に着きました。そこには、一面に色とりどりのチューリップ。その真中に風車が元気よく回っていました。広い敷地に様々な色の花が咲いている様子は、なかなかのものでした。会場では、オランダの民族衣装の貸出も行っていて、何人かかわいらしい服を着た人も見受けられました。特産品や食べ物を売る露店がたくさん出ていて、そこでお昼を買って食べました。荒木さんの提案のおかげで、春を感じる1日を過ごせました。帰り道の会話です。
私:「来月はどうしようか?」
荒:「野球は?」
私:「えっ?マリンスタジアム?」
荒:「去年行った。」
私:「お~、もちろん望むところだよ。行くか!」

 初めて一緒に野球観戦してから約1年。そろそろ誘ってみようかな、と思っていたところでした。そこへ荒木さんの方から「野球は?」ときました。私が狂喜乱舞したのは言うまでもありません。

 もうひとつ、他のペアの出来事を少しご紹介します。CFの一人のTさんが、ご結婚されたときの話です。そのときの披露宴に、CFのパートナーさんをご招待されたそうです。
 そのパートナーの親御さんは、「これまでうちの息子は披露宴に出ることはあっても、すべて親族席。招待席は初めてで感激です。礼装用のネクタイ買いに行かなくちゃ。」と喜びを話したそうです。「招待席」というところに意味があるわけです。
 しかしTさんは、「私としては、“最近親しくしている友人”の一人だと、単純にそう思って招待させていただきました。」とおっしゃったそうです。CFのTさんは、「あたりまえのこと」をしただけのつもりのようです。

 私は、「自分だったらどうするかな?」と考えました(既に家族がいるので、もう結婚はしませんが)。仮に今結婚するとしたら、CFのパートナーの荒木さんを披露宴にご招待するか?きっと、するのではないかと思いました。職場の人達、お世話になった人達、昔からの友人、そして現在の友人・・・。現在の友人の中で、荒木さんは間違いなく親しさ上位に入ります。毎月一緒に遊びに行っているわけですから。
 障害のある人がいわゆる「一般の人」の披露宴に招待されることが、「珍しい」とか「特別にうれしい」とか言われることが、そもそもおかしなことです。「珍しいこと」「特別なこと」が、「あたりまえのこと」「普通のこと」になってほしいと、強く思うエピソードでした。

CF3.jpg

 年に2回、ミーティング(CF連絡会)が開かれました。CF、事務局、理事、参加を検討中のオブザーバーの方などが参加します。
 まず、CFが活動の様子を話します。パートナーとの関係はそれぞれ違いますが、うれしかったこと、苦労していること、迷っていることなど、他のCFの様子を聞くことができて興味深いです。CFは普段パートナーと1対1の関係なので、これでよいのか不安になったり、行き詰ったりすることがあります。ですから他のCFの話を聞くと、安心したり、新しい発想に気づいたりできるので、このようなミーティングはとてもよい機会です。

 その後、いくつかのテーマについて意見交換します。ある日、「CFは外出支援とはどう違うのですか?」という質問が出ました。様々な団体が、本人や家族の依頼に応じて、外出に同行する活動を行っています。それとCFはどう違うのか、という質問です。
 出された答えは2つ。
1.「誰か」ではなく「○○さん」がくること。外出支援依頼すると、都合のつく「誰か」が支援にきます。CFは、他でもないあの「○○さん」がやってきます。
2.何をするかは話し合って決めること。外出支援は、本人が目的地を決めて支援者がそこに同行します。CFは、本人とCFが何をするか話し合って決めます。私は、荒木さんが「潮干狩りに行きたい」と言っても、断固拒否します。(暑いのと日焼けが苦手なので)

 別の日のミーティングで、CFの話を聴きながら、あることに気がつきました。CFの感想は、活動期間の長短によって、だいたい3つトーンに分類できることです。
<A.活動半年未満>
 最初はいろいろ考えて迷いがあります。「友達とは何か」「支援者との違いは何か」「あれをしてみようかな。それともこれをしてみようかな。」「パートナーの要望を断ってもいいのか」「自分は役に立っていないのではないか」。何をしたらよいのか迷う。

今の形でよいのか不安。支援っぽくなってしまう。
<B.活動半年~1年>
 それが、ある期間が経つと、吹っ切れてきます。「なんだか楽しい」「自然につきあえばいいんだ」「考えすぎていたかもしれない」「これでいいんだ」。最初はいろいろ考えて力が入っていたが、あまり難しく考えなくてよいことがわかってくる。
<C.活動1年以上>
 そして、こうなります。「普通に遊んでるだけ」「別に何も考えずに一緒に過ごしてます」「お互い気楽な関係です」友人としての関係を楽しんでいる。

 私も最初は迷いました。そのうち、関係の変化を楽しむようになりました。その後、ただ一緒に過ごしている状態になりました。障害のある人と地域の人が、自然におつきあいするということは、こういうことなんだな、と思いました。

 長くなりましたが、コミュニティフレンドについては以上です。
 このブログの元になっている別のブログ『ボランティア雑記帳』には、私のCFの活動の全記録が書かれています。毎回どこへ行って何をしたか。そしてどんなことを感じたのか。ミーティングの様子等も含めて、全部で75回にも及びます。全て読むのは大変だと思いますが、コミュニティフレンドに興味をもってくださった方は、拾い読みしていただけると嬉しいです。下記の青地のリンクからどうぞ。

 『ボランティア雑記帳』のテーマ「コミュニティフレンド」

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