上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第1章 ボランティアとの出会い
 ~ なんとも言えない満足感 ~


【1】初めてのボランティア

 私が初めてボランティアをしたのは、2000年の「KIDSプロジェクト」でした。「障害のあるこどもたちと一緒に、ディズニーランドで一日遊ぼう!」というものです。

 私はそれまで漠然と「何かやってみたい」という気持ちはあったものの、何をしたらよいのかわからない状態でした。何か熱中するものを探していたのかもしれません。阪神大震災の時も「行かなくていいのかなぁ」と思いながら、結局何もしませんでした。もちろん、福祉や障害とは全く関わりはありませんでした。
 そんなとき、会社でボランティアの募集がありました。KIDSには、私の勤める会社が協賛していて、社員ボランティアも募集していたのです。「これならできるかな」と思い、「よし、やってみよう」と参加してみたわけです。若い頃はディズニーランドに何度も遊びに行っていたので、介助はできなくても園内の案内で役に立てるかな?という軽い気持ちでした。

 当日は、「こども3人、ボランティア7人」のグループで行動しました(プロジェクト全体では約1400人が参加)。私とパートナーになったのは、脳性麻痺の子でした。それまで、障害のあるひととほとんど全くふれあいがなかった私は、事前に配られた資料の「脳性麻痺」のところを、蛍光マーカーを使いながら何度も読んで行きました。事前説明会にも参加し、生まれて初めて車椅子を触り、開けるときに手を挟んだりしました。障害のある子とどうつきあえばよいのか不安でしたし、傷つけるようなことを言ってしまうのではないかと心配でした。

 さて実際に会ってみると、彼はディズニーランドで遊ぶのを楽しみにしていた様子で、私とも明るくふれあってくれました。
私も、アトラクションに障害者用の通路から乗るのが珍しくて、そんな非日常を楽しんでいました。
 なかでも「ホーンテッドマンション」(洋風お化け屋敷)には感激しました。このアトラクションは2人乗りの乗り物なのですが、乗るときは動く歩道形式で乗り込みます。しかし、歩くことが難しい人がいると、乗り物を一度止めて乗車を待つことになります。そうすると、館内の全ての乗り物が一時停止してしまいます。
 その際に「ただいま足の不自由な方がご乗車されているため、アトラクションを一時停止しています。しばらくお待ちください。」などというアナウンスが流れては、お化け屋敷の怖さが半減してしまいます。その不自然さを補うために、次のようなアナウンスが流れます。

「イタズラ好きの幽霊たちが、また悪さをしたらしい。しばらくそのまま待っていてくれたまえ。」

 私はそれまでに、何度もこのアナウンスを聞いたことがありました。そのたびに、「ホーンテッドマンションは故障が多いな」と思っていました。この日「これだったのか!さすがディズニーランド!」と謎が解け、とても感激しました。

遊園地
※画像はイメージです。東京ディズニーランドとは関係ありません。

 しかし、やはり楽しいばかりではありませんでした。トイレに行くときは、私はどうしたらよいのかわからず、経験のある人が介助している横で何もできませんでした。食事のときも困惑してジロジロ見るばかりで、何も手伝えませんでした。(結局彼は食事介助は不要だったのですが)
 私は情けない気持ちになりましたが、このプロジェクトは「参加者は初心者」を前提にしていたので、ご本人や周りのひとはあまり気にしていないようでした。参加者向けの資料の冒頭にも、次のように書いてありました。

「プロジェクトが終わったあと、『ボランティアって誰でもできるんだ』、ひとりでも多くの参加者がそう感じてくだされば、このプロジェクトは大成功です。
東京ディズニーランドで過ごす一日が、皆さんのボランティア活動の入り口になれば幸いです。
また、これをきっかけとして「継続」したボランティア活動に踏み込んでいただくことを熱望します。」

 「KIDS」とは「Kowing is Doing Something (行動して初めて何かを理解することができる。やってみなければわからない。)」という意味です。つまり、「初めてのひとも、とにかくやってみよう!」というものでした。KIDSの活動は毎年1回で、パートナーとは基本的に一度限りのおつきあいになります。毎年参加するひともいますが、1~2回参加したあと自分にあった継続的な活動をみつけて離れていく参加者も多く、私もそのひとりでした。
 でも、社会人を中心とした数百人の「初心者」が、「ボランティア活動の入り口」を毎年通過していくこの活動は、裾野を広げるという意味で、素晴らしい役割を果たしていると今でも思います。

 さて、グループの皆さんに支えられて、なんとか一日の活動を終えた私は、「なんともいえない満足感」の中にいました。「人のために何かした」という充実感ではありませんでした。自分自身の満足感だけ。「勉強になった」とか「よい経験になった」とは思いませんでした。ただ、楽しかっただけ。理由はわからないけど楽しかった。「いいことをした」という充実感を予想していましたが、私が得たのは「楽しかった」という満足感だったのです。

 この感覚に、ボランティアの類に関わっているひとは、おそらく共感していただけると思います。この「なんともいえない満足感」がここちよくて、このあと私はボランティア活動にはまっていきます。

◆次ページへ
◆目次へ

※この記事の元記事(ブログ『ボランティア雑記帳』)
 初めてのボランティア①
 初めてのボランティア②
スポンサーサイト
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。